22 相続登記義務を免れる相続人申告登記とは
相続登記義務を免れる相続人申告登記とは
相続人申告登記とは、不動産登記法76 条の3を根拠とし、本年4月1日より開始された新たな登記制度です。今回は前回の相続登記申請義務に派生する事柄として、この制度につき説明していきます。
不動産の登記名義人に相続が発生した際は、その相続人は登記申請の義務を負います(具体的にどの様に義務を負うかは、前回のテーマで書いているので省略します)。そして、義務を負うことになった人は、3年以内にその義務を果たさなければなりません。登記を申請するという行為は、かなりの労力や高い費用がいるものです。さまざまな理由により、3年以内の期限に申請行為を行うことが困難な人も多くいるでしょう。その様な期限内に義務を履行できそうにない人にとって、相続登記申請義務を履行したのと同一の効果をもたらすのが本制度です。つまり、その申出をした人は、相続による所有権移転の登記(相続登記)を申請する義務を履行したものとみなされるため、義務違反にかかる過料の心配もなくなるのです。では、制度の利点や留意点などについて、次の項以下で検証します。
まず利点として、手続きの簡便さと費用が安価なところがあります。ここでは、法定相続による所有権移転登記の申請と相続人申告登記の相続人申出とを比べてみます。前者は添付情報として、被相続人の連続した戸除籍と相続人全員の現在戸籍が必須ですが、後者は申出人である者が被相続人の相続人であることがわかる戸除籍、被相続人の死亡がわかる戸除籍、及び申出人の現在戸籍だけで足ります。数にすると、少なければ1通、最大でも3通でいけます。また、費用に関しては、前者が登録免許税の納付が必要ですが、後者は納付の必要がないので、物件によってはその負担額の差は顕著なものとなります。また、相続人申告登記の相続人申出自体が、非常に簡易な方法で行えます。例えば、いわゆるオンライン申請の場合は申出人の電子署名が不要です。また、申出人の住民票も氏名のふりがなと生年月日を提供すれば、添付が省略できます。さらに、法定相続情報を既に取得していれば、その法定相続情報番号を提供することにより、その一覧図や戸籍類一式を省略できます。ちなみに、これらの方法を併せれば、出費ゼロで申出をすることもできます。このように、相続人申告登記では、簡便に相続人申出がなされる様な方策がとられているのです。
では、次に留意点(難点)ですが、この登記は対抗要件としての登記ではない点が挙げられます。このため、当人にとっては、登記簿に自分の名が載ったとしても、さしたる意味を持たないということです。申出に基づき、登記官が職権で相続人申告登記をします。それはその不動産の登記名義人に相続が発生し、申出人が相続人であるという事実が元の登記に付記され、公示されるということです。しかるに、その不動産の登記上の所有者は前のままで、変わることはありません。結局、将来的に相続を原因とする所有権の移転の登記がされない限り、権利関係を表す(対抗力を備えた)登記をしたとは言えないのです。相続人の登記申請の義務履行を免れさせることがこの制度の趣旨、目的ですから、当然のことでしょう(ただし、その不動産の所有(相続)関係を知りたい一般人にとっては、登記簿を見ればそれが分かる大きなメリットがありますが)。
次に、留意すべき点がいくつかあります。相続人が二名以上いた場合、各人に登記申請の義務がありますから、この相続人申出も、その一人が申出をしたとしても、他の者も同様なことをしない限り、その者の登記申請の義務を免れ得ないという点です。例えば、被相続人の子が五人いる場合、一人が相続人申出をしても、後の四人は同様に相続人申出をするまでは、なお相続登記の申請義務がある、ということです。また、相続人申出をした者が、後の遺産分割により所有権を取得したときは、その者に遺産分割の日から3年以内に、所有権移転の登記を申請すべき義務が新たに発生する、ということも留意すべきことです。なお、疑問点が一つあります。法律上、申出をした時点で、義務を履行したとみなされるわけですが、その後登記されるまでに至らなかった場合はどうなるのでしょうか。つまり、申出は出したが(この時点で義務は消滅)、その申出を自ら取下げした場合や申出が却下された場合は、義務が復活するのか、消滅したままなのか、ということです。明文の規定はないようなので、どうなのでしょうか。
以上、相続人申告登記制度についてみてきましたが、最後にこの制度を利用したある事例を書きます。被相続人は男で法定相続人はその妻と子が二人です。不動産を含めた遺産の分割については、ある程度協議ができていました。すぐにでも、必要書類を揃えて、所有権移転の登記を申請したいところですが、その書類の一部が揃いません。妻が高齢者施設に入っており、印鑑証明書を取得できません。そもそも、印鑑登録をしていなかったため、登録自体、諸般の事情で無理でした。かような理由により、相続の登記申請は出せません。しかし、相続人の一人は過料の心配もあり、早く法律上の義務を履行したい気持ちがありました。そのような実情に適合したのがこの制度です。この制度を利用し申出をすることにより、心理的不安は解消して、とりあえずの目的(本来の所有権移転登記はできてはいないが)を達すことができました。このようなケースはあまり多くはないと思いますが、世の中には潜在的にあるケースなのかもしれません。ともあれ、相続人申告登記の相続人申出をする必要性のある方は、これをしてみる価値や意義があるのではないかと思います。